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東京地方裁判所 昭和36年(行)123号 判決 1964年3月25日

原告

野坂参三

ほか十名

右原告ら訴訟代理人弁護士

青柳盛雑

ほか十七名

被告

右代表者法務大臣

賀屋興宣

右指定代理人

家弓吉已

ほか二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告の申立

1、被告は、原告らに対し、各金五〇万円ならびにこれに対する昭和三五年六月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

なお、1、2、について仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

主文と同旨

第二、請求の原因

一、原告らに対する公職追放

(一)  一九五〇年六月六日、連合国最高司令官マツカーサーは、原告伊藤憲一、同神山茂夫、同春日正一、同野坂参三、同志賀義雄、同高倉輝および原告徳田たつの亡夫徳田球一を含む二四名を、日本共産党中央委員であることを理由に、公職からの追放を指令し、内閣総理大臣吉田茂は、これに従つて即日その処分を行つた。

(二)  同年六月七日、前記マツカーサーは、原告聴濤克已を含む一七名を、日本共産党中央機関紙「アカハタ」の編集発行責任者であるとして、公職からの追放を指令し、前記吉田茂は即日その処分を行つた。

(三)  同年六月二八日、前記吉田茂は、原告谷口善太郎に対し、公職に関する就職禁止、退職に関する勅令(昭和二二年勅令第一号)の規定による覚書該当者として公職追放の処分を行つた。

(四)  同年八月三〇日、法務総裁大橋武夫は、全国労働組合連絡協議会を団体等規正令(昭和二四年政令第六四号)第四条の規定によつて解散団体に指定するとともに、原告土橋一吉を含む一二名を団体等規正令第一一条の規定に基づき、公職に関する就職禁止、退職に関する勅令(昭和二二年勅令第一号)の規定による覚書該当者に準じ公職より除去されるものとして指定した。

(五)  一九五一年九月六日、前記吉田茂は、原告河田賢治を含む一八名を、公職に関する就職禁止、退職に関する勅令(昭和二二年勅令第一号)の規定による覚書該当者として公職追放の処分を行つた。

二、原告らの公職と本件追放との関係

(一)  左の原告らおよび原告徳田たつの亡夫徳田球一は、いずれも一九四九年一月挙行された衆議院議員総選挙において、日本共産党公認候補者として立候補し、当選して、前記追放処分当時その地位にあつた。

1、野坂参三 東京都第一区選出 2、伊藤憲一 同第二区選出 3、徳田球一 同第三区選出 4、神山茂夫 同第五区選出 5、聴濤克已 同第六区選出 6、土橋一吉 同第七区選出 7、春日正一 神奈川県第一区選出 8、志賀義雄 大阪府第一区選出 9、谷口善太郎 京都府第一区選出 10、河田賢治 同第二区選出

(二)  前記追放処分に伴い、政府は次のとおりの取扱いをした。野坂参三、伊藤憲一、徳田球一、神山茂夫、春日正一、志賀義雄については、一九五〇年六月二七日退職したものとして、同月三〇日告示

聴濤克已については、一九五〇年六月二八日退職したものとして、同月三〇日告示

谷口善太郎については、一九五〇年七月一九日退職したものとして、同月二二日告示

土橋一吉については、一九五〇年九月二〇日退職したものとして、そのころその旨を告示

河田賢治については、一九五一年一〇月一日退職したものとして、同月一二日告示

(三)  原告高倉輝は、一九五〇年六月四日挙行された参議院議員選挙にあたり、全国区の日本共産党公認候補者として立候補し、長期(六年)議員に当選したが、前記追放処分のため、中央選挙管理委員会は公職選挙法第九九条の規定により当選を失つたものとして、同人に対し当選の旨を告知もしなかつたし、当選人としての住所および氏名の告示もしなかつた。

三、本件公職追放処分の無効原因

(一)  本件追放処分は、ポツダム宣言に違反し、無効である。連合国軍の日本国占領は、太平洋戦争において、日本国が連合国に対し、ポツダム宣言を受諾して降伏文書に調印したことにその法律的根拠がある。すなわち、日本国は、昭和二〇年八月一四日正式にポツダム宣言を受諾し、同年九月二日降伏文書に調印し、ポツダム宣言の誠実な履行を約した。ここに連合国との間に合意が成立し、この合意の公式の表明が降伏文書であり、占領はこの合意に基づくのである。この合意は、戦勝国の要求と降伏国の受諾という意味における意思の一致であつて、必ずしも対等当事者間の通常一般の契約的関係ではない。しかし、日本国占領は、単に日本国が連合国の事実上の武力支配の下に立つたというのではなくて、やや特殊な形ではあれ、あくまで合意に基づくものであつて、この合意には占頃国、被占領国の双方が拘束される関係にある。もとより合意に基づく義務は主として被占領国である日本国の側にあるけれども、占領国もまた合意に拘束されるのであつて、占領国としての連合国はポツダム宣言に規定された諸条件を守る義務を負い、連合国はその諸条件に反して行動することは許されないのである。連合国最高司令官にしても、もとよりしかりであり、最高司令官の権限は、ポツダム宣言と降伏文書の規定によつて制約されるのである。

したがつて、日本国を占領した連合国軍の最高司令官は、ポツダム宣言ならびに降伏文書を実施する権限を有しているが、実質的にこの宣言と降伏文書を無視し、その趣旨に背いて日本国に対する占領支配を行う権限を有していない。連合国最高司令官が日本国政府に対しポツダム宣言と降伏文書に抵触するような内容の指令を発したとしても、日本国政府はこれに従つて法規を制定したり命令を発したりその他の処分を行う義務を負わないし、またこれを行う権限もない。それ故、ポツダム宣言と降伏文書に背く最高司令官の命令は無効であり、これに従つてなされた日本国政府の命令その他の処分も無効であつて、日本国国民を拘束する力がない。

しかるところ、ポツダム宣言は、日本国国民を欺瞞し、これをして世界征服の挙に出るという過誤を犯させた者の権力および勢力を永久に除去すること、日本国政府をして日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去し、言論、宗教および思想の自由ならびに基本的人権の尊重を確立するようにさせること等を原則としており、これはまた連合国が日本国の降伏に対して提示した条件であり、連合国軍による日本国占領の条件でもあつた。

したがつて、連合国最高司令官が、日本国の軍国主義者の権力とその勢力を取り除くために、戦争犯罪人を処罰し、軍国主義者の政治活動を禁止する措置として公職追放という手段を用いることは、まさにポツダム宣言に合致するものであるが、日本軍国主義の復活に反対し、日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化のために闘争する団体または個人の思想ならびに政治活動を擁護し助成するものではなくして、その逆にこれを弾圧するようなことは、まさにポツダム宣言に真向から矛盾対立するものであつて、絶対に許されない。また日本国政府は軍国主義者らの政治活動の禁止を命ずる連合国最高司令官の命令には無条件に従い、忠実にこれに協力する義務を負つており、それを実施する権限を有することはいうまでもないが、日本国の平和と民主主義のため活動している団体あるいは個人の活動をいかなる形態にもせよ抑圧し制限するような連合国最高司令官の命令に対しては、これに反対し従わない権利を国際法上保障されているし、またそうすることが日本国政府として日本国国民に対して負つている義務である。まして、そのような命令に盲従し、これをそのまま実施して日本国憲法によつて保障されている日本国国民の基本的人権を侵害することは、日本国政府の絶対になしえないところである。

日本共産党は、一九二二年七月一五日創立以来現在にいたるまで一貫して侵略戦争に反対し、日本軍国主義の戦争政策とたたかつてきた最も民主的な政党である。日本共産党は、軍国主義とは縁もゆかりもないそれと全く対立する存在であつたし、現在もそうである。日本共産党はその政策においても、その実践においても、かつてポツダム宣言の趣旨に背いたことがないばかりでなく、かえつてその反対にポツダム宣言の厳正実施を、連合国軍ならびに日本国政府に要求してたたかうことを行動綱領の基本として活動してきたただ一つの政党である。

また日本共産党は、日本国憲法の基本原理である平和主義、国民主権主義、人権擁護主義に背いたことがないばかりでなく、かえつてかかる平和的、民主的諸条項の実現のためにたたかつてきた。したがつて、日本共産党は、ポツダム宣言および日本国憲法によつてその合法性を保障されこそすれ、ポツダム宣言や日本国憲法によつて非合法化されたり、解散を命ぜられたりするような団体ではないし、その個々の党員は政治活動の自由を完全に保障されていたのであつて、いかなる意味においても公職から追放さるべき何らの理由もなかつたのである。

また、全国労働組合連絡協議会は、日本共産党の指導と援助のもとに、日本労働者階級のなかの最も民主的な労働組合として戦後結成され、労働戦線の統一と団結を高める活動を続けてきた団体であつて、ポツダム宣言に基づき日本の労働運動の復活強化を助成するために定められた極東委員会の「日本の労働組合に関する原則」(一九四六年一二月六日決定、いわゆる一六原則)によつてその存在ならびに活動が保障され、またこの諸原則の実現のために活動してきたものであつて、ポツダム宣言および日本国憲法に抵触することなしに、これを解散することはできなかつたし、その役員ないし活動家を公職から追放することもできなかつたものである。

したがつて、マツカーサー、吉田茂、大橋武夫らの前記指令ないし処分は、その法律的根拠を欠き無効であることは極めて具体的に明白である。

そして、連合国軍最高司令官の指令の発せられた当時においては、日本国政府は、ポツダム宣言と日本国憲法を遵守する立場から当該指令が効力を有するかどうか、日本国の官庁職員その他の日本国民を法律的に拘束しうる効力を有するか否かの判定を求めて、極東委員会ないし対日理事会に提訴し、その無効宣言ないし取消しを求めるほかなかつたかも知れない(もつとも、現実の歴史は、当時の日本国政府がそのような当然とるべき措置さえとらなかつたという屈辱的な事実を示している。)が、平和条約が発効し、日本国が主権を回復したとされている今日では、日本国の裁判所は最高司令官の命令の効力を判断する権限を有するのである。

(二)  本件追放処分は憲法に違反し無効である。

原告らに対する本件追放処分は、連合国最高司令官の要求に基づくものであるとしても、それは日本国憲法の人権保障規定による批判を免がれることはできない。本件追放処分は、日本国の平和と独立と民主主義の確立を求める原告らの政治活動を理由とするものであつて、それが原告らの政治的信条を理由とする不利益差別待遇である点において憲法第一四条に違反し、原告らの政治的思想、政治的言論を理由とする弾圧である点において憲法第一九条、第二一条に違反する。日本国憲法にいう基本的人権は日本国憲法によつて創設されたものではなく、人間に天賦固有の前憲法的性格の権利である(なお、基本的人権の尊重は、戦後の国際社会、国際法秩序を貫く一つの不動の原理であり、このことは国際連合憲章や世界人権宣言、戦時における文民の保護に関する一九四九年八月一二日のジユネーブ条約、捕虜の待遇に関する一九四九年八月一日のジユネーブ条約、戦地にある軍隊の傷者および病者の改善に関する一九四九年八月一二日のジユネーブ条約等の基本的人権に関する規定をみれば明らかである。)から、立法、行政、司法の国家権力によつて侵されてならないことはもちろん、国際条約によつても、さらにまた占領権力によつても侵されてはならないのである。ただ占領権力による人権侵害については、それが事実上占領軍という強権の支配下にあるために、これを人権の侵害すなわち憲法上の基本的人権の保障に反するという理由で、その侵害を排除することが事実上できない場合があるというにすぎないのである。事実上、侵害の排除ができないということと、その侵害の憲法上の評価とはその性質を全く異にするといわなければならない。

四、原告らの歳費等請求権

本件追放処分は前述のとおり無効であるから、これに基づいて政府が原告らおよび原告徳田たつの亡夫徳田球一に対してなした前述の措置もまた無効であつて、原告らおよび原告徳田たつの亡夫徳田球一は右措置にもかかわらず法的には依然として国会議員たる地位を保有していたというべきである。したがつて、国会議員として別表一ないし一一記載の歳費等をうける権利を当然に有していたのである。なお、原告徳田たつの夫徳田球一は一九五三年一〇月二四日死亡し、原告徳田たつが同日相続によりその権利を取得した。

よつて、右歳費等金額中、各人につき金五〇万円ならびにこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三五年六月一七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五、原告らの不当利得返還請求権

かりに、右歳費等の請求が認められない場合には、原告らは、歳費等相当額の不当利得返還請求権を有する。すなわち、原告らは、本件追放処分により事実上公然たる政治活動の自由を奪われた結果として、右歳費等の請求権を行使することが不可能または甚だしく困難であつたので、ついに会計法所定の五年の時効期間を待過したのである。かくして、会計法の規定のみを根拠とする限り、被告は原告らに対し、原告高倉輝に対する歳費等の一部を除き、支払を免れたことになるが、そのことによつて、右支払を免れたことが不当利得でないということはできない。けだし、法律の定める時効制度を援用することによつて利得した場合は、一般論として法律上の原因ある利得であつて、不当利得とはならないという議論も成り立つ余地があり、本件もまたまさにこれに該当するかのようであるが、本件では、前述のように、被告は明らかに悪意でその義務を履行しなかつたのであり、本件マツカーサーの指令が日本国憲法に背く無効なものであることを知りながら、占領軍がなす国際法および国内法無視の行為の違法性を敢えて追及しようとせず、これに盲従していたのであるから、前記会計法規定の時効制度によつて、不当利得をしたのであると断ぜざるを得ないからである。仮に被告が、占領期間中は連合国官憲の命令は憲法の条規にかかわりなく有効であると信じていた、すなわち悪意ではなかつたとしても、昭和二七年四月二八日の講和発効後においては、被告は、この適法性を自主的に判断する責務があり、すべての日本国官憲によつてそう信ぜられてきたのであるから、同日以後においては、被告の悪意は争う余地がない。また仮に占領期間中に有効とされた処分によつて発生した状態を講和発効後原状に回復するには法制の改正(例えば議員定数の増加など)によらなければならないとしても、被告は原告らのために、かかる法律上の障害を除去すべき義務を負つていたにもかかわらず、敢えて、この措置に出ず、漫然原告らの地位を回復せず、歳費等の支払を怠つていたのであるから、被告は悪意であつたものといわなければならない。したがつて、歳費等支払期より起算し会計法の規定する五年の時効期間の経過した時から順次不当利得返還請求権が発生したのである。

よつて、原告らは、被告に対し、前記歳費請求が認められない場合の予備的請求として右不当利得金額中各人につき金五〇万円の支払とこれに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和三五年六月一七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求の原因に対する被告の答弁と主張

一、請求の原因に対する答弁

請求の原因一は、原告徳田たつが徳田球一の妻であることを知らないほかは認める。

請求の原因二は認める。

請求の原因三の本件追放処分が無効であるとの主張は争う。わが国は、ポツダム宣言を受諾し、降伏文書に調印して、連合国に対して無条件降伏をし、その結果、連合国最高司令官は、降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる権限を有するに至り、この限りにおいてわが国の統治の権限は連合国最高司令官の制限の下におかれることになつた(降伏文書第八項)。また日本国民は、連合国最高司令官により、またはその指示に基づき日本国政府の諸機関により課せられるすべての要求に応ずべきことが命令されており(同第三項)、すべての官庁職員は、連合国最高司令官が降伏条項実施のため適当であると認めて、自ら発しまたは委任に基づき発せしめる一切の布告、命令および指令を遵守しかつこれを実施することが命令されている(同第五項)。そして、わが国は、ポツダム宣言の条項を誠実に履行することを約するとともに、同宣言を実施するため連合国最高司令官またはその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の指令を発しかつ一切の措置をとることを約したのである(同第六項)。さらに、日本の官庁職員および日本国民は、連合国最高司令官または他の連合国官憲の発する一切の指示を誠実かつ迅速に遵守すべきことが命ぜられており、もしこれらの指示を遵守するにつき遅滞があり、またはこれを遵守しないときは、連合国官憲および日本国政府は、厳重かつ迅速な制裁を加えるものとされている(指令第一号附属一般命令第一号第一二項)。したがつて、連合国最高司令官は、降伏条項を実施するためには、日本国憲法にかかわりなく法律上全く自由に自ら適当と認める措置をとり、日本国官庁の職員に対する指令を発してこれを遵守実施せしめることができ、わが国の国家機関および国民は、連合国最高司令官の発する一切の命令指示に誠実かつ迅速に服従する義務を負い、その内容の適否を問題とすることができなかつたのであり、わが国の法令は右命令指示に抵触する限りにおいてその適用を排除され、連合国最高司令官の命令指示が当時わが国の国家機関および国民に対して法規としての効力を有するものであつた。そして、一般に法律行為の効力は、他に特別の規定のない限り、行為当時の法令に照らして判定すべきものであるから、当時法規としての効力を有していた連合国最高司令官の指令に基づいてなされた本件追放処分の効力は、その後右指令が平和条約の発効とともに効力を失つたとしても、何ら影響を蒙るものではない。

請求の原因四中、原告らおよび徳田球一が任期中在職したと看做した場合の歳費等については原告高倉輝の分を除き原告主張のとおりであることを認めるが、原告高倉輝の歳費等は別表一二のとおりであるから、これと異る原告の主張を否認する。その余の原告の主張は争う。

請求の原因五は争う。

二、被告の主張

国会議員としての歳費等請求権は、国に対する公法上の金銭債権であつて、会計法第三〇条により五年の時効により消滅するものである。したがつて、かりに本件追放が無効であつてこれにより原告らの国会議員たる地位が失われなかつたとしても、原告高倉輝を除くその余の原告らの衆議院議員の任期は、衆議院が解散された昭和二七年八月二八日までであつたから、原告らの歳費請求権は、おそくとも昭和三二年八月二八日の経過とともに時効により消滅したものであるし、また原告高倉輝の参議院議員の任期は昭和三一年六月三日までであつたから、同原告の歳費請求権のうち昭和三〇年五月までの分は、五年の経過によりすでに本訴提起の日たる昭和三五年六月八日前に時効により消滅したものである。

したがつて、原告らの本件第一次的請求は、この点においても右限度において失当であるといわなければならない。

第四、右被告の主張(第三の二)に対する原告らの主張

会計法第三一条後段は、国に対する金銭的権利の消滅時効の停止について、民法の規定を準用すると定めているから、民法第一五八条ないし第一六一条のうちいずれかの条項は本件歳費等請求権の消滅時効について準用されることはいうまでもない。ところが、原告野坂参三、同聴濤克己、同土橋一吉、同河田賢治および同高倉輝は、本件追放処分後の政治活動の自由を確保するために、あるいは「地下潜行」し、あるいは外国に亡命せざるを得ない状態に追いこめられ、早くとも昭和三〇年六月六日以前には、本件歳費等請求権を被告に対し行使しえなかつたのであるから、少くとも、右原告らに関する限り、民法第一五八条または第一六一条の趣旨に従い、本件歳費等請求権の時効は停止されていたのである。すなわち、時効制度は、法律上も事実上も権利者がその権利を行使しえたにもかかわらず、自己の怠慢によつて一定期間「権利の上に眠つていた」結果、既定事実として法的安定性を認めることが合理的であるとの観点から制定されたものである。しかるに、被告はマツカーサー指令の全能性を主張して、原告らの政治活動を禁止し、これに背いた場合には、公職追放に関する政令あるいは団体等規正令等を根拠として、原告らを厳罰に処すべく巨額の国費を費消して追及を敢えてしていた(原告野坂参三、同春日正一あるいは訴外松本三益等に対する団体等規正令違反を口実とする追及は公知のところである。)のであるから、原告らに対する歳費等支払義務を完全に無視していたのであり、しかも、かかる違法行為に対し原告らがその責任を追及し、その義務の履行を強制すべく裁判所に提訴しようとしても、わが国の裁判所は、最高裁判所をも含めて、かかる事案につき裁判権を有しないものとして、訴を却下していたこともまた公知の事実であるから、かかる状況のもとで原告らは法律上も事実上も、その権利を行使しえなかつたのである。本件において、被告が、自己の違法行為を棚に上げて時効を援用するのは失当であるといわなければならない。なお、原告野坂参三、同徳田たつ、同聴濤克己、同土橋一吉、同河田賢治、同高倉輝が昭和三〇年六月六日以前において、本件歳費等請求権を行使しえなかつた時期および理由は、次のとおりである。

野坂 参三 昭和三〇年八月一一日 公然と現われるまで。

徳田 たつ 昭和三〇年七月二九日 徳田球一の死亡が発表されるまで。

聴濤 克己 昭和三三年四月 羽田に帰着するまで。

土橋 一吉 昭和三四年六月三日 右に同じ

河田 賢治 昭和三〇年九月 公然と現われるまで。

高倉  輝 昭和三四年四月一五日 羽田に帰着するまで。

理由

一、請求の原因一および二の事実は、原告徳田たつが徳田球一の妻であるとの点を除き、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件追放処分はその基本たる連合国最高司令官の要求がポツダム宣言ないし日本国憲法に違反するから無効であるという原告の主張について検討する。

(一)  本件追放処分は(イ)連合国最高司令官の直接の指令に基づく内閣総理大臣の処分(ロ)公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令(昭和二二年勅令第一号)による内閣総理大臣の処分(ハ)団体等規正令(昭和二四年政令第六四号)第一一条の規定による法務総裁の処分の三種に分けられるが、いずれも形式的にはわが国の行政機関の行政行為である。しかしながら、(イ)は連合国最高司令官の直接の指令に基づくものであるのに対し(ロ)(ハ)は連合国最高司令官のなす要求に係る事項を実施する必要上制定されたポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(昭和二〇年勅令第五四二号)に基づく命令たる公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令および団体等規正令をそれぞれ適用してなされた処分であるから、(イ)と(ロ)(ハ)では直接間接の差異はあるが、いずれも連合国最高司令官の要求を基本とするという点では共通しているということができる。

(二)  そこで、まず、連合国最高司令官の要求はポツダム宣言に違反するから本件追放処分は無効であるという原告の主張から検討する。

(1)  はじめに、連合国最高司令官の措置は、これに対する法的評価ないし法的効力の審査の制度という手続法的な面を離れて実体法的にみると、どのような法的制約をうくべきものであり、どのような法的評価をうくべきものであるかを考えてみるのに、連合国の管理下においては、日本国の国家統治の権限は降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の制限の下におかれるものとされていたことは降伏文書第八項に「天皇及日本国政府ノ国家統治ノ権限ハ本降伏条項ヲ実施スル為適当ト認ムル措置ヲ執ル連合国最高司令官ノ制限ノ下ニ置カルルモノトス」と規定されているところからも明白であつて、連合国最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる関係においては、連合国最高司令官の権限は日本国憲法の制約をうけることはなく、その措置は日本国の憲法その他の国内法に優先し、憲法的評価の対象とはならないが、連合国の占領管理権はポツダム宣言の受諾および降伏文書の調印によつて生じたものであるから、連合国最高司令官の措置は占領管理権の根拠たるポツダム宣言および降伏文書による合意の内容によつて制約をうけ、これによる法的評価を甘受しなければならないと解されるのである。

(2) しかしながら、法的評価ないし法的効力の審査の制度の面から考えてみるのに、わが国の裁判所は連合国最高司令官の措置を司法審査の対象とし得るであろうか。わが国の裁判所の司法権能は日本国憲法に根拠を有し、司法審査の及びうる範囲は憲法および裁判所法等の法律によつて定まるものであり、裁判所は憲法およびその下の法令を解釈適用して裁判を行うべきことはいうまでもないが、さらに憲法第九八条第二項の趣旨によれば裁判所は条約と確立された国際法規を解釈適用して裁判をすべき権能と職責を有するものと解されるのである。けれども、平和条約の発効前わが国が連合国の管理下におかれていた当時は、前記のように連合国最高司令官は降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる権限を有し、この限りにおいて、わが国の統治の権限は連合国最高司令官の制限の下に置かれたのであり(降伏文書第八項)、さらに同文書においては、日本国民は、連合国最高司令官により又はその指示に基づき日本国政府の諸機関により課せられるすべての要求に応ずべきことが命令されており(同第三項)、すべての官庁職員は、連合国最高司令官が降伏条項実施のため適当であると認めて、自ら発し又はその委任に基づき発せしめる一切の布告、命令および指令を遵守し、且つこれを実施することが命令されており(同第五項)、また、わが国はポツダム宣言の条項を誠実に履行することを約するとともに、右宣言を実施するため連合国最高司令官又はその他特定の連合国代表者が要求することあるべき一切の命令を発し且つ一切の措置をとることを約したのである(同第六項)。すなわち、当時においては、日本国の主権は、連合国最高司令官が降伏文書を実施するため適当と認める措置をとる関係においては、その権力によつて制限を受け、連合国最高司令官は降伏条項実施のため自らの判断に基づき適当と認める措置をとり、わが国の国民及び官庁の職員に対し布告、命令、指令を発し、且つこれを遵守させることができたのであり、日本国民は連合国最高司令官により又はその指示に基づきわが国の政府から課せられるすべての要求に応ずべき義務があつたのであるから、これらの降伏文書の規定の趣旨からみれば、連合国最高司令官のとつた措置がポツダム宣言や降伏条項に違反するかどうかを判定する権限も連合国側にあり、連合国最高司令官が降伏条項実施のため適当と認める措置をとつた以上、わが国の裁判所は、同司令官の措置がポツダム宣言や降伏条項に違反するかどうかを判断してその効力を否定しうる権限を有しなかつたものと解するのが相当である。したがつて連合国最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認めてなした要求に基づいてわが国の行政機関がなした本件追放処分については、わが国の裁判所は、処分をうけた者が前記(一)の(イ)については連合国最高司令官の直接の指令(すなわち、共産党中央委員の追放に関するマツクアーサー元帥の内閣総理大臣あて書簡、アカハタ編集責任者の追放に関する。マツクアーサー元帥の内閣総理大臣あて書簡)(ロ)については昭和二一年一月四日付連合国最高司令官覚書公務従事に適しない者の公職からの除去に関する件(以下単に覚書という。)(ハ)については団体等規正令第一一条にそれぞれ該当するかどうかの点について審査権を有していたにとどまり、連合国最高司令官の指令覚書等自体の効力を司法審査の対象とすることはできず、かりに連合国最高司令官の指令覚書等がポツダム宣言や降伏文書に違反するとしても、この効力を否定することができなかつたものとみるべきである。

(3)  そこで、平和条約が発効し連合国の占領管理の終了した現在において、わが国の裁判所が本件追放処分の基本となつた連合国最高司令官の要求の効力を審査しその効力を否定することができるかどうかについて考えてみよう。

平和条約の発効後は、日本国の主権が回復し、裁判権に対する外部的制約というものも消滅した。しかし、このことから直ちに、平和条約の発効前になされた本件追放処分について、処分をうけた者が前記指令、覚書等に該当するかどうかの点をこえて、本件追放処分の基本をなす指令、覚書等がポツダム宣言や降伏文書に違反するかどうかの点にまで及んで、裁判所が審査しその効力を否定する権限を有するに至つたものということはできない。すなわち、行政処分の有効無効はその行政処分がなされた当時の法律状態において判断さるべきものであり、それがなされた当時有効であつた行政処分の効力は、後に法律状態が変更したときにおいても、特別の定めのある場合を除き、後の法律状態に基づいて、その効力を否定することができないものというべきであるから、連合国の占領管理中に行われた本件追放処分の効力の有無もその当時の法律状態において判断さるべきであり、占領中連合国の要求に基づいてわが国の政府機関が行つた行為はその当時その要求の適否についてわが国の裁判所が裁判権をもつていなかつた結果、その行為の適否を争い得ないまま有効なものとされていた以上、平和条約が発効し、連合国による占領管理が終了したからといつてその後の法律状態を基準としてこれを判断しその効力を否定しうるものと解することはできない。そして平和条約発効後、わが国の裁判所が占領期間中の連合国最高司令官の要求の適否につき改めて審判しこれに基づくわが国の政府機関がした行為の効力を否定しうる趣旨を定めた法令の存することは認められない。かえつて平和条約(同条約は、憲法第九八条第二項の規定により、国内関係事項についてはその実施のために国内立法を必要とするものを除き、国内法としても効力を有し、国家諸機関はもとより、国民もこれを誠実に遵守すべき義務がある。)第一九条(d)項において「日本国は占領期間中に占領当局の指令に基づいて、もしくはその結果として行われた……すべての作為又は不作為の効力を承認し……」と規定されていること(この規定は単に戦争請求権に関する規定であり、連合国民の民事及び刑事上の責任を問う権利を否定したところに主旨があるものと解される。)および同条の他の項の趣旨等からみても、わが現行法は、裁判所が占領期間中の占領当局の指令等の適否を審査し、これに基づいて行われた行為の効力を否定する権限を有しないことを建て前としていることが窺われるのである。してみれば、右に述べたように連合国の占領管理下にあつた当時、連合国最高司令官の指令、覚書等の効力についてはその適否を争いえないまま有効なものとして取り扱わざるをえなかつた以上、平和条約が発効しわが国の裁判権に対する外部的な制約が消滅した今日においても、裁判所は、連合国最高司令官の指令、覚書等をポツダム宣言等に違反するとして本件追放処分の効力を否定することはできないものといわざるをえない。

(三)  次に、連合国最高司令官の要求は憲法第一四条、第一九条、第二一条に違反するかち本件追放処分は無効であるという原告の主張を検討する。

なるほど、基本的人権は「人間の尊厳」に根ざすもので国家権力によつてみだりにこれを制限したりはくだつしたりすることができないものであり、ある意味では前国家的、前憲法的性格をもつということができる。しかしながら、基本的人権の保障をどこまで法的に担保するかは、あくまでも、その国に行われる法令によつて定まるのであり、日本国憲法は、基本的人権について規定するとともに、何人に対しても裁判所において裁判をうける権利を与え、裁判所に違憲法令審査権を含む司法権を与えることによつて基本的人権の確保とこれに対する侵害の排除を法的に担保しているけれども、前述したように、連合国の占領管理下にあつた当時においては、連合国最高司令官の措置は超憲法的なものであつて憲法的評価の対象とならず、日本国憲法に基づく裁判権は外部的に制約されて連合国最高司令官の措置を司法審査の対象となしえなかつたのであるから、超憲法的な連合国最高司令官の措置に対して基本的人権を確保し、その侵害を排除することについては憲法上の保障は存在せず、裁判所は本件追放処分の基本たる連合国最高司令官の指令、覚書等が憲法に違反するかどうかを問題にすることができなかつたのである。そして、平和条約の発効後といえども、連合国の占領管理中に占領当局の指令に基づいてなされた処分の効力を争い、その効力を否定することができないことは前示のとおりであるから、連合国最高司令官の指令、覚書等を憲法に違反するとして本件追放処分の効力を否定することができないことは多言を要しない。

三、以上の次第で、本件追放処分の基本をなす連合国最高司令官の要求がポツダム宣言ないし憲法に違反するという理由で本件追放処分の効力を否定することはできないというべく、したがつて本件追放処分の無効を前提とする原告らの歳費等請求ないし不当利得返還請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるから、原告らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官位野木益雄 裁判官田嶋重徳 裁判官小笠原昭夫)

別表(省略)

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